刺繍

Posted on

■仏教と刺繍の深い関係

日本刺繍の歴史は中国からの仏教伝来と共に始まります。聖徳太子の死後、夫人が冥福を祈って作らせた天寿国繍帳などの繍仏(釈迦涅槃図を刺繍で表現したもの)があります。当時の繍仏には、駒繍い、平繍い、など、その技術は現在の刺繍とほとんど変わりませんので、技術的にはあ1400年前にほぼ完成していたともいえます。

 

■華やかな小袖と刺繍

刺繍は繍仏だけでなく宮廷の服飾にも用いられました。その模様は次第に中国風を抜け出して、秋草や蝶など、優しげな和風の題材を模様にするようになりました。

桃山時代は華やかな文化で知られる時代で、刺繍の成熟期でもありました。この頃の小袖(桃山小袖)は縫箔が繍箔が特徴です。繍箔とは金銀の箔と刺繍と併用した技法です。藍、紫、赤、黄、緑などの色糸で模様が刺繍された大変豪華で美しい小袖です。

時代が下るにつれ、小袖は繍いと絞りを多様した大胆な構図を取り、やがて慶長の頃はびっしりと一面に刺繍を施した小袖(地なし小袖)も生まれました。しかし元禄以後、友禅染めが流行すると、刺繍は花びらのつやをだしたり車の紐を浮き立たせたり、無くてはならない技法とはいえ、友禅染めの補助的役割になってしまいます。

 

■現代の刺繍

大正時代になると刺繍半衿や刺繍帯が大流行し、刺繍は俄然注目を浴びました。また、フランス刺繍が紹介され、刺し方の種類も増え、刺繍表現がより充実しました。

現代では日本刺繍作家が繍いだけで表現した留袖、訪問着、帯などの秀逸な作品も数多く見られます。

takumieri68za

刺繍に関するWikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E7%B9%8D

家紋を刺繍してくれるサービス
http://www.shisyu.net/

 

 

 


京絞り、有松・鳴海絞り、南部絞り

Posted on

京絞りといえば鹿の子絞りが有名。京鹿の子絞りは、絹布をほんの少し手でつまみ、四角にたたんで糸をくくって染め上げます。鹿の子いう名前は鹿の背模様の斑点に似ているから。

江戸時代の有松・鳴海絞りは木綿絞りでしたが、現在はほとんどが絹製品になっています。絞り模様の種類が多く、鹿の子絞りのほか、三浦絞り、貝絞り、巻き上げ、柳、帽子、蜘蛛絞り、縫い締め絞りなど。京絞りと違う点は、布をつまむときに器具を使うことです。

南部絞りは江戸時代、南部藩(現在の岩手県と秋田県の一部)で染められていた絞りです。南部地方は紫草の産地として有名で、紫根染めの縫い絞り「鹿角絞り」が重要無形文化財にしていされています。また、盛岡市の南部絞りは、大枡、小枡、立涌だけだった鹿角絞りを発展させ、800種類以上の模様を紫根などで染めています。

20090928_630721

[youtube http://www.youtube.com/watch?v=-nNjCxRI5Ao]

有松・鳴海絞りに関するWikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%9D%BE%E3%83%BB%E9%B3%B4%E6%B5%B7%E7%B5%9E%E3%82%8A

 

 

 


辻が花

Posted on

室町時代に現れて、桃山時代を過ぎると忽然と姿を消してしまった辻が花。それゆえ長い間、幻の染めと言われてきました。辻が花の名の由来も作者たちも定かではありませんが、上杉謙信、豊臣秀吉、徳川家康らが好んだ衿や小袖が現存し、それらのキレから技法を読み取ることが出来ます。

当時の次が花は絵画的な絞りと描絵を併用した染めで、文様の輪郭を縫い締め絞りで染め、染め残されたところにいろいろな絞りや墨色、ときには紅で花模様を描いています。絞りには、鹿の子絞りや帽子絞りなど数多くの技法を用いて辻に咲く花や松皮菱などの模様を絞り、更に墨描きで椿、銀杏、桜、藤などの花を書き足しているのが特徴です。

この辻が花染めに魅せられ、戦後、絞りの部分を復元したのが久保田一竹氏で、現在は創作性の強い絞り染めを発表しています。一方、若手作家達によって抑えた美しさと格調の高さを持つ伝統的な辻が花も染められています。

images

辻が花とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E3%83%B6%E8%8A%B1

久保田一竹氏
http://itchiku-tsujigahana.co.jp/history/#main

 

 

 

 

 


絞り

Posted on

華やかな絞り染めは、古代から現代まで耐えることなく続いてきた模様染めです。白く残そうとする部分を糸でくくったり、縫い諦めたり、板などで強く挟んだりして防染し、染料に浸して染めるのが、この技法の基本です。

室町時代に絞り染めの全盛期が訪れます。種類も技術も格段に進歩し、なかでも優美な辻が花染めが有名です。

そして江戸時代。京都で行われた鹿の子絞りはあまりにも華美だったため、何度も奢侈禁止令の対象になり、型染めで表現する摺りびったが流行したほどです。また、愛知県の有松では木綿の絞りが盛んになりました。伝統の絞り染めの中から、辻が花絞り、京絞り、有松絞り、そして南部絞りについてそれぞれの技法や魅力を説明しましょう。

 

 


更紗

Posted on

更紗は、異国の香りが漂う型染めです。もともと更紗とは、室町末期から江戸時代に掛けて南蛮船で運ばれてきた、多彩な木綿布の模様でした。

 

■異国の木綿布は当時のブランド品

オランダやポルトガルの貿易船が日本にもたらしたのはインド更紗のほか、ジャワ更紗、ペルシャ更紗、オランダ更紗など。これらの布は古渡り更紗と呼ばれますが、臙脂、藍、緑、黒、黄など独自の濃い色を使って、様式化された草花や鳥獣の模様を染めた珍しい木綿布でした。武家や豪商であった当時の茶人たちは、この布を仕覆に用いて珍重しました。いわば更紗は近世における高級なブランド品だったのです。

 

■和更紗の出現

江戸時代中期になると、その色や模様を模して日本でも更紗が生まれました。長崎更紗、鍋島更紗、天草更紗、堺更紗などがあり、和更紗と総称されます。
この頃、江戸では結城紬やとうざん木綿の着物が好まれていて、これによく調和する更紗模様は袋者や羽裏として人気を呼びました。

 

■袋物から女性の着物へ

大正末期になるとm、それまでは木綿に染められていた更紗模様が羽二重に染められ、まず帯に用いられました。縮緬地や紬地に染めて女性の着物になったのは昭和になってからといわれています。

 

■現代の更紗

今では型紙を使って染める型染め更紗だけでなく、手書き更紗もあります。防染には蠟を用い、線引きにはチャンチャンという道具を使います。溶かした蠟をチャンチャンに入れ、細い管から蠟をたらして描くのです。
型染めにせよ、手書きにせよ、現代の更紗にもそめられている独自の模様には、笹の葉手など○○手と呼ばれる花柄がありますが、これらは江戸時代に輸入された図柄の名称です。
複雑な絵模様と濃い色、クラシックな異国の匂いを漂わせる更紗は、個性的に装いたい人の着物といえるでしょう。

 

更紗に関するWikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B4%E7%B4%97

更紗の話
http://www.craftworkjp.com/was%20ist%20galamkar.htm

更紗柄
img_1421966_56105852_0