松坂木綿 三重

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松坂木綿の名が全国的に有名になったのは、江戸初期の元禄年間。以来、この縞木綿は「松坂嶋」と呼ばれ、江戸庶民に愛用されました。当時、国産の縞といえば横縞が多かった中で、きりっとした藍の直線的な縦縞は、非常に新鮮に映った事でしょう。

明治以降、機械織りにおされてすたれてしまった手織りに松坂木綿を復興させようと、昭和55年からこの縞柄に魅せられた松坂の人達が、さまざまな活動を始めました。国の無形民族文化財に指定され、松坂木綿振興会の手織りセンターが開設される中で、江戸末期の縞帳にある縞を復元したり、糸や染めに工夫を凝らしたりして、手織り松坂木綿は息を吹き返しています。

 

三重の松坂木綿専門店
http://ec.yoitokose.jp/shop_index.php?shop_id=8

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木綿

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木綿

世界的に見ると、木綿は5、6000年の歴史がありますが、日本では綿花を栽培し、木綿布を織り始めたのは500年ほど前からです。江戸時代になると、松坂(三重県)、三河(愛知県)、真岡(栃木県)、河内(大阪府)、博多や小倉(福岡県)などが木綿の産地になり、朝に変わって浴衣や普段着の素材として用いられるようになりました。やがて江戸後期になると、それまでの縞や格子柄のほかに絣柄が織られるようになって、庶民の衣生活がいっそう豊かになりました。

絣とは、先染めの模様表現の一つ。糸の一部を地色に染まらないように括ったり、織り上げる模様のことです。現在は紬にも盛んに織り出されていますが、始めは木綿の模様として発達したので、絣柄を得意とする産地の木綿は「○○絣」という名で呼ばれています。

一時は絹織ものに押されて顧みられなかった木綿織物ですが、最近は肌に添う風合いと素朴な色柄が、着る人や見る人を和ませるきものとして愛好者が増えています。

 

 

 


琉球絣(琉球紬) 沖縄

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琉球絣とは、一般的に沖縄県で織られる絣柄の総称ですが、狭義には、古くから南風原で織られている泥藍の糸で染めた木綿絣を指します。

また、琉球紬という名は、古くは久米島紬を指しましたが、今では南風原で産する琉球紬だけではなく、首里紬などを含めた沖縄県で産する紬織の総称としても用いられます。

こういった木綿や紬に織り出された琉球紬は、日本の絣の原点ともいわれるほど歴史が古く、14世紀頃に中国や南方から伝えられて独自の発展を遂げた文様です。

犬の足跡を絣にしたもの、機織りの器具をデザイン化した柄、毎日使う農具を柄にアレンジしたものなど、ストーリー性のある幾何学文様で、基本パターンはあ約60種類。着物に表現された絣柄を丁寧に見ていると、ゆっくりと時を刻む昔の沖縄の暮らしが蘇えってくるようです。

 

琉球絣事業協同組合
http://ryukyukasuri.com/

南風原町観光サイト
http://www.town.haebaru.lg.jp/kankou/index.html

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花織 沖縄

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沖縄本島を中心に織られる花柄を織り出した紋織物を、沖縄では「はなうい」と呼びます。

花柄を言っても写実的な花模様ではなく、点で浮き織りにした幾何学的な花模様です。生地は綿や芭蕉布、麻、絹などを用いましたが、最近は絹織物が多くなりました。

花織は南方から伝わった技術を基礎にして本島中部の読谷山で織り始められ、その後、琉球王朝の都だった首里をはじめ、与那国島や竹富島に伝えられ、各地で独自の花織が発達しました。

代表的な2つの花織は読谷山花織と首里花織です。読谷山花織は、色糸を使って花模様を織り出し、絣柄を組み合わせたものが多く、一方、首里花織は地色と同じ色に染めた光沢のある糸で模様を浮き織りにします。

どちらも非常に手の込んで贅沢な織物だったので、王府ご用達の織物に指定され、それを着るのは王族と貴族だけでした(読谷山花織は読谷山の住人も着用を許されました)。

花織は琉球王朝では紅型の次に位置し、祝い着として用いられたので、現代でも格のある華やかなきものになります。

 

読谷山花織事業協同組合
http://www.yomitanhanaori.com/

花織そば
https://plus.google.com/105863944431186725176/about?gl=jp&hl=ja

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久米島紬 沖縄

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久米島紬は、植物染料と泥で染めた味わい深い色と、手織りによる素朴な風合いで、日本の紬の最古の味を持つといわれています。

15世紀に明から養蚕の技術を学び、絹布を織り始めたのをルーツとし、江戸時代初期に薩摩藩への献納布になった頃、黄八丈の泥染めの技法などを取り入れて、現在の久米島紬が完成しました。

基本の色は黒褐色、赤茶、黄、鶯色、ねずみ色の5色。グール、テーチギ、ムムガーなど島に生える植物を染料に使い、黒褐色や鶯色は泥染めを併用して深みのある色を出し、絣柄や縞柄に織り上げます。また、布を柔らかくするために砧打ちをして仕上げるのも久米島紬の特徴です。糸括りから砧打ちまでが一人の人の一反を仕上げることが多く、織った人の温もりが感じられる紬です。

 

久米島紬をWikipediaで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%B1%B3%E5%B3%B6%E7%B4%AC

本場久米島紬(公式ホームページ)
http://www.kume-tumugi.com/