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羅は中国から5世紀頃に伝来し、正倉院裂にも見え、奈良・平安の貴族たちの格調高い夏の衣服の素材として愛用されました。この時代の羅は、非常に高い技術で織られていましたが、応仁の乱後に衰退して、14世紀の羅は荒い織物でした。戦後、西陣の喜多川平朗氏が古代以来の羅を体系立てて復元し、昭和31年に重要無形文化財保持者の認定を受けています。
羅は搦み織りの一種で、太撚りの絹糸を用い、振綜という径糸を自在に動かせる装置を備えた機で織ります。一本の径糸が左右の径糸と捩れ、そこに緯糸を通して搦みを固定し、網目状のすき間をつくります。
袋名古屋帯が多く、6月下旬〜9月上旬を目安に締めます。正倉院御物を再現したような羅は格式が高く、絽や紗の訪問着や付け下げに合わせます。これとは別に、一般的に荒い網目状の織物を羅と呼ぶことが多いのですが、こちらは芭蕉布や上布、藍絞りなどにも合わせます。

羅をWikipediaで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85

羅・紗・絽の違い 夏のコーディネイト
http://blog.goo.ne.jp/jizaiyasakurako/e/f082d9d0c29c96fef8599fa39081a712

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綴織は古代から世界各地で織られ、エジプトにはコプト織り、中国には刻糸、フランスにはゴブラン織があります。日本でも正倉院裂や秀吉の陣羽織に綴織が見えますが、これらは外来品で、国産化されたのは江戸中期、西陣でのことでした。

現在は、ジャガード機で織った綴が多くなりました。一方で、織り手の削った爪先や櫛で緯糸を掻き寄せて織る「爪綴(本綴)」も織られています。多色づかいの爪綴は一日に一寸くらいしか織り進められない美術工芸品のような織物です。

綴織は平織りで、径糸の下に置いた実物大の下絵に従って、一色ずつ手投げ杼で緯糸を通します。地の部分を織り出す緯糸と模様を織る緯糸を別々に織り進めるので、その境目に「把釣孔」という小さな隙間ができます。と、同時に表裏とも同じ模様が現れるのが特徴です。
帯のほか、袱紗や壁掛け、緞帳などに用いられます。