花織 沖縄

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沖縄本島を中心に織られる花柄を織り出した紋織物を、沖縄では「はなうい」と呼びます。

花柄を言っても写実的な花模様ではなく、点で浮き織りにした幾何学的な花模様です。生地は綿や芭蕉布、麻、絹などを用いましたが、最近は絹織物が多くなりました。

花織は南方から伝わった技術を基礎にして本島中部の読谷山で織り始められ、その後、琉球王朝の都だった首里をはじめ、与那国島や竹富島に伝えられ、各地で独自の花織が発達しました。

代表的な2つの花織は読谷山花織と首里花織です。読谷山花織は、色糸を使って花模様を織り出し、絣柄を組み合わせたものが多く、一方、首里花織は地色と同じ色に染めた光沢のある糸で模様を浮き織りにします。

どちらも非常に手の込んで贅沢な織物だったので、王府ご用達の織物に指定され、それを着るのは王族と貴族だけでした(読谷山花織は読谷山の住人も着用を許されました)。

花織は琉球王朝では紅型の次に位置し、祝い着として用いられたので、現代でも格のある華やかなきものになります。

 

読谷山花織事業協同組合
http://www.yomitanhanaori.com/

花織そば
https://plus.google.com/105863944431186725176/about?gl=jp&hl=ja

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久米島紬 沖縄

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久米島紬は、植物染料と泥で染めた味わい深い色と、手織りによる素朴な風合いで、日本の紬の最古の味を持つといわれています。

15世紀に明から養蚕の技術を学び、絹布を織り始めたのをルーツとし、江戸時代初期に薩摩藩への献納布になった頃、黄八丈の泥染めの技法などを取り入れて、現在の久米島紬が完成しました。

基本の色は黒褐色、赤茶、黄、鶯色、ねずみ色の5色。グール、テーチギ、ムムガーなど島に生える植物を染料に使い、黒褐色や鶯色は泥染めを併用して深みのある色を出し、絣柄や縞柄に織り上げます。また、布を柔らかくするために砧打ちをして仕上げるのも久米島紬の特徴です。糸括りから砧打ちまでが一人の人の一反を仕上げることが多く、織った人の温もりが感じられる紬です。

 

久米島紬をWikipediaで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E7%B1%B3%E5%B3%B6%E7%B4%AC

本場久米島紬(公式ホームページ)
http://www.kume-tumugi.com/

 

 

 

 


紅型 沖縄

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青い空と色とりどりに咲く花。紅型は南国沖縄の自然を写したよう華やかな彩りの型染めです。藍一色で染める琉球藍型に対して、多色の型染めを紅型と言います。

この多彩な紅型に使われる型紙は一枚だけ。型紙で糊置きしたあと、顔料や植物染料で色挿しし、伏せ糊をして染めていきます。

 

■王家の華麗を表現した紅型

500年ほど前に、琉球王朝の時代に始められた紅型は、もとは王族・貴族のための着物で、色柄に決まりがありました。黄色は王族の色として禁色、花鳥だけの模様や花鳥に鳳凰や竜を配した模様は王族用とされました。。
王族・貴族用の紅型は首里型と呼ばれ、三家が世襲でその着物を染めました。やがて庶民が最高の晴れ着として紅型を着られるようになると、那覇型と呼ばれる庶民用の紅型もできました。大模様は王族、貴族、舞踊用に用いられ、江戸小紋とは反対に身分の高い人が大きな柄を着たのもおもしろい違いです。

 

■紅型の特徴

紅型は黄、朱、紫、藍、緑を貴重とした鮮やかな色で、燕、雲、花菖蒲、蝶、家、垣根をはじめ、友禅から影響を受けたものと思われる桜、松、鶴亀、扇子などが染められます。最後に隈取りをして柄を強調させるのも紅型ならではの技法です。また紅型は、図案、型彫り、染色の全てをひとりの作家が手がけます。
明治以降、衰退していた紅型を戦後、城間栄喜氏らが復興させ、この鮮やかな型染めは全国に広がりました。最近では東京や京都でも写し糊の紅型が染められています。

 

紅型、Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E5%9E%8B

紅型の行程を説明しています。
http://binya-plus.main.jp/sagyoushitsu/sagyoushitsu.html

紅型Tシャツなどもあります。
http://ichiryutshirt.web.fc2.com/sub3.html

紅型の日差しもありました。
http://benikichi.ti-da.net/c160762.html

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