伊予絣(愛媛)

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伊予(現・愛媛県)の松山は、久留米、備後(現・広島県)と並ぶ日本の三大絣の生産地です。

伊予は江戸時代、木綿の栽培が盛んで、各家庭で綿織物が織られていましたが、ほとんどが藍無地か縞や格子でした。柄物は松山縞や伊予縞と称され、京大阪でも商われました。
一方、絣柄は今から二〇〇年ほど前に、鍵谷カナという女性が藁葺き屋根の葺き替えの時に見た押し竹を縛った跡に心惹かれ、工夫して織り上げたといわれています。

現在、絣糸は自動絣括り機で染め、色絣の場合は、あとで白い部分に色を刷毛で摺り込みます。生産反数としては、多彩な色絣糸を使って動力機で織った伊予絣の方が多いのですが、天然藍を使い、手機(高機や足踏み織機)で織った、藍地に白のすっきりした伊予絣も健在です。

その模様は、伝統的な絣柄や縞、格子のほか、モダンな幾何学模様もあります。

伊予絣をWikipediaで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E4%BA%88%E7%B5%A3

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木綿

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木綿

世界的に見ると、木綿は5、6000年の歴史がありますが、日本では綿花を栽培し、木綿布を織り始めたのは500年ほど前からです。江戸時代になると、松坂(三重県)、三河(愛知県)、真岡(栃木県)、河内(大阪府)、博多や小倉(福岡県)などが木綿の産地になり、朝に変わって浴衣や普段着の素材として用いられるようになりました。やがて江戸後期になると、それまでの縞や格子柄のほかに絣柄が織られるようになって、庶民の衣生活がいっそう豊かになりました。

絣とは、先染めの模様表現の一つ。糸の一部を地色に染まらないように括ったり、織り上げる模様のことです。現在は紬にも盛んに織り出されていますが、始めは木綿の模様として発達したので、絣柄を得意とする産地の木綿は「○○絣」という名で呼ばれています。

一時は絹織ものに押されて顧みられなかった木綿織物ですが、最近は肌に添う風合いと素朴な色柄が、着る人や見る人を和ませるきものとして愛好者が増えています。