薩摩絣(宮崎・鹿児島)

Posted on

薩摩絣ほど、時代とともに産地や織物の風合いが変わった木綿絣はないかもしれません。
江戸初期の薩摩絣は琉球産でした。このため、ごく最近まで薩摩絣は琉球絣とも通称されました。一八世紀半ばになると鹿児島でも織られる様になり、西郷隆盛が好んで着ていたのが、井桁絣や蜻蛉絣のこの着物です。

その後、久留米絣に押されて衰退していましたが、戦後、宮崎県都城市を中心に再び織られるようになって、その風合いも色柄もがらりと変わりました。非常に細い糸を用いた、しなやかな生地、伝統的な白地(白薩摩)や藍地(紺薩摩)だけでなく草木染めの地色の薩摩絣もあり、大島紬の様な繊細な絣柄が特徴です。

現在の薩摩絣は木綿絣の中で最高級品といわれ、晩春や早秋の単衣の季節に似合うさらりとした肌触りや色が好まれています。

ダウンロード


大島紬 鹿児島

Posted on

結城紬と並んで有名な大島紬。その製法や生産地域は時代とともに変化しながら、今日に至っています。

 

■泥染めと締機が大島紬の特徴

大島紬の特徴は泥染めにあります。テーチギの枝を煮だした液で糸を染め、鉄分の多い泥に浸して揉み込む作業を何度も繰り返して染めます。泥染めはつややかな黒のほか、濃い茶や藍にも用いられ、茶泥、藍泥と呼ばれます。白大島や草木染め大島は泥染めをしませんが、春に着たい軽やかな味わいです。

大島紬の絣柄は、手で糸を括らず専用の織り機を使った織り締め絣。木綿糸をたて糸にして、絣柄用の絹糸の束を織り締めて染めた後、木綿糸をほどいて絣糸を作ります。

 

■大島紬の発展

奄美大島での大島紬の始まりは7世紀頃ともいわれています。江戸時代の大島紬は結城紬と同じ織り方でしたが、明治時代に高機になり、糸括りに締機が考案され、やがて糸も紡ぎ糸から絹糸に変わりました。しかし、もとは紬糸を用いたので紬と言っています。第二次世界大戦中、鹿児島に疎開した奄美大島の人たちによって、戦後、鹿児島市内でも生産されるようになりました。

 

大島紬をWikipediaで読む
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E7%B4%AC

本場奄美大島紬協同組合
https://sites.google.com/site/honbaamamioshimatsumugi/

 

gara3-2